昨今、企業の情報漏洩事故は年々増加しており、もはや「大企業だけの問題」ではありません。
東京商工リサーチの調査によると、上場企業とその子会社における情報漏洩・紛失事故は2021年以降4年連続で過去最多を更新し続けています。
たった一度の情報漏洩が、長年かけて築いた企業の信頼を失墜させ、事業の存続すら危うくする可能性があります。
本記事では、情報漏洩の原因・対策から、万が一発生してしまった際の初動対応フローまでを体系的に解説します。

目次
情報漏洩とは
情報漏洩とは、企業や組織が保有する機密情報・個人情報が、外部に流出してしまう事象のことです。
漏洩の対象となる情報は大きく下記の2種類に分けられます。
①個人情報(個人情報保護法第2条第1項)
・氏名
・住所
・電話番号
・メールアドレス
・クレジットカード番号など、特定の個人を識別できる情報
②営業秘密(不正競争防止法第2条第6項)
・製品の設計図
・顧客リスト
・販売戦略など、企業の競争力の源泉となる機密情報
補足として、営業秘密として法的保護を受けるには、不正競争防止法上、以下の3要件をすべて満たす必要があります。
- 秘密管理性:秘密として管理されていること
- 有用性:事業活動に有用な技術上・営業上の情報であること
- 非公知性:公然と知られていないこと
どちらが漏洩しても深刻な被害が生じますが、対応すべき法令や求められる対策が異なります。
自社がどのような情報を保有しているかを正確に把握することが、情報漏洩対策の第一歩です。
深刻化する情報漏洩の現状
情報漏洩の最新トレンド
2026年1月に発表された東京商工リサーチの調査によると、2025年に上場企業とその子会社が公表した個人情報の漏洩・紛失事故は180件(前年比4.7%減)、漏えいした個人情報は3,063万6,910人分(同93.1%増)でした。
- 件数と社数の動き: 事故件数は2024年まで4年連続で過去最多を更新していましたが、2025年は前年を9件下回り、歴代2番目の件数となりました。
一方で、被害に遭った企業数は158社にのぼり、2024年の151社を抜いて過去最多を更新しています。 - 被害規模の拡大: 漏洩人数が100万人を超える大型事故が6件(前年は2件)発生したため、総人数は前年の約2倍へと大幅に跳ね上がり、歴代3番目の多さを記録しました。
かつては「一部の企業の問題」と見られがちだった情報漏洩ですが、現在はセキュリティ投資を積極的に行う大企業でも被害が相次いでいます。
サイバー攻撃の高度化やテレワーク普及によるリスクの拡大が、その背景にあります。
サプライチェーン(業務委託先)からの漏洩
近年、自社だけでなく、業務委託先や関連会社を経由した情報漏洩が深刻な問題となっています。
攻撃者はセキュリティが比較的手薄な委託先を「踏み台」として侵入し、最終的に大企業の情報を窃取する手口が増加しています。
こうした動向を受け、経済産業省は2026年3月27日、サプライチェーン全体のセキュリティ水準を底上げすることを目的としたSCS評価制度(サプライチェーン強化に向けたセキュリティ対策評価制度)を公表しました。
同制度は委託先企業のセキュリティ対策を客観的に評価・可視化する仕組みであり、2026年末の本格運用を予定しています。
発注側企業が委託先を選定・管理する際の判断基準としての活用が期待されています。
【参考文献】株式会社東京商工リサーチ「上場企業の『個人情報漏えい・紛失』事故 2番目の180件発生(2025年調査)」
狙われやすいデータの種類
攻撃者が標的にしやすいデータには、主に以下のものがあります。
個人情報は最も狙われやすいデータの一つです。
氏名・住所・電話番号・メールアドレスといった基本情報はもちろん、マイナンバーや医療情報などの要配慮個人情報は特に価値が高く、ダークウェブ上で売買されるケースもあります。
クレジットカード情報は、不正利用に直結するため攻撃者にとって高価値なターゲットです。
ECサイトや決済システムへの攻撃で狙われることが多く、漏洩が発覚した場合は事業の継続そのものが危ぶまれることもあります。
営業秘密・知的財産は、競合他社や国外勢力による産業スパイ目的での窃取が増えています。
製品設計図・研究データ・顧客リストなど、一度流出すると競争優位性の回復が極めて困難です。
情報漏洩が発生する3つの原因と事例
情報漏洩の原因は大きく「外部脅威」「ヒューマンエラー」「内部不正」の3つに分類できます。
それぞれの原因を正確に理解することが、効果的な対策の前提となります。
外部脅威
情報漏洩全体の約60%を占める最大の原因が、マルウェア感染や不正アクセスといった外部からのサイバー攻撃です。
マルウェアとは、コンピュータに害を与えることを目的とした悪意あるソフトウェアの総称です。
ランサムウェア(データを暗号化して身代金を要求)・スパイウェア(情報を密かに収集・送信)・トロイの木馬(正規のソフトに偽装して侵入)などがあり、年々手口が巧妙化しています。
不正アクセスは、IDとパスワードの窃取・フィッシングメール・VPN機器の脆弱性悪用などを通じて社内ネットワークへ侵入する攻撃です。
近年はサプライチェーン攻撃(取引先・委託先を踏み台にして本命の企業へ侵入する手口)も増加しています。
【外部脅威の事例】大手自動車メーカーのサプライチェーン攻撃
2022年、大手自動車メーカーの主要取引先である部品メーカーがランサムウェアに感染しました。
攻撃者は部品メーカーのVPN機器の脆弱性を悪用して社内ネットワークへ侵入し、基幹システムのデータを暗号化。部品メーカーは自動車メーカーとのデータ連携システムが使用不能になったため、即座に接続を遮断しました。
その結果、自動車メーカーは国内全14工場・28ラインの稼働を1日停止せざるを得ず、約1万3,000台分の生産機会を失いました。
直接的な情報漏洩ではないものの、サプライチェーン全体が一社の感染で機能停止に陥るリスクを示した事例として広く知られています。
関連記事:インシデント管理とは?ITシステムにおける具体的な手順、効果的に運用する方法を解説
ヒューマンエラー
情報漏洩の約30%を占めるのが、従業員の操作ミスや不注意によるヒューマンエラーです。
悪意がないだけに防止策が立てにくく、どれだけ優秀な社員でも起こりうるリスクです。
代表的なケースとして、メールの誤送信があります。
宛先の入力ミスや添付ファイルの誤選択により、取引先の情報や社内の機密データが第三者に届いてしまうことがあります。
特にCCとBCCを混同した一斉送信は、顧客のメールアドレスを大量に流出させる深刻な事故につながります。
また、業務用デバイスの紛失・盗難も頻発しています。
電車内への置き忘れ・カフェでの盗難など、外出時のリスクは常に存在します。
デバイスにパスワードや暗号化が設定されていなければ、内部のデータが丸ごと流出する危険があります。
【ヒューマンエラーの事例】自治体の委託業者によるUSBメモリ紛失
2022年、尼崎市の委託業者の社員が、市民約46万人分の個人情報が入ったUSBメモリを飲食後に紛失しました。
USBメモリにはパスワードによる暗号化が施されており、最終的にデータの外部流出は確認されませんでした。
しかし、紛失発覚から翌日に発見されるまで所在が不明な状態が続き、その間に市民や報道機関への対応に追われました。
この事件は「暗号化していたから最悪の事態は免れた」一方で、そもそも機密情報を持ち出すこと自体を禁止するルールの欠如と、委託先への管理監督が不十分だったことを露呈しました。自治体・民間企業を問わずデバイス管理ルールの見直しが全国的に進むきっかけとなりました。
内部不正
退職予定の社員や不満を持つ従業員が、意図的に情報を持ち出すケースが内部不正です。
件数としては外部脅威より少ないものの、組織内部の人間による犯行のため発見が遅れやすく、被害が拡大しやすいという特徴があります。
持ち出しの手段としては、私用のUSBメモリへのコピー・個人アドレスへのメール転送・クラウドストレージへのアップロードなどが挙げられます。
【内部不正の事例】大手教育関連企業での顧客情報持ち出し
2014年、大手教育関連企業でシステム保守を受託していた企業の派遣社員が、業務上正規に付与されたアクセス権限を悪用し、顧客情報約3,500万件を不正に持ち出しました。
持ち出したデータは名簿業者を通じて複数の企業に売却され、そのリストは架空請求詐欺などの二次被害にも使用されました。
発覚のきっかけは顧客からの「身に覚えのないDMが届く」という問い合わせが相次いだことで、漏洩から発覚まで相当の期間が経過していたと見られています。
被害規模・二次被害の広がりともに国内最大級の情報漏洩事件となり、当該企業はお詫び費用・セキュリティ強化費用などで数百億円規模のコストを負担しました。また、正規の権限を持つ内部関係者による犯行はシステム的な検知が難しいという課題を改めて浮き彫りにし、アクセスログの監視強化・権限の定期見直しが業界全体で急務とされるようになりました。

情報漏洩を防ぐための対策5選
情報漏洩を防ぐためには、技術的対策・組織的対策・人的対策を組み合わせた多層防御が不可欠です。
ここでは特に重要な5つの対策を解説します。
①システム・端末の最新化
情報漏洩対策の基本中の基本が、OSやソフトウェアを常に最新の状態に保つことです。
古いバージョンのソフトウェアには既知の脆弱性(セキュリティ上の欠陥)が存在し、攻撃者はその欠陥を狙って侵入を試みます。
全社的なアップデートの自動適用ルールを設けるとともに、セキュリティソフトの定義ファイルも最新状態を維持することが重要です。
また、サポートが終了した古いOSの使用は直ちに廃止し、新しいバージョンへの移行を計画的に進めましょう。
関連記事:脆弱性対策とは?発生原因や被害事例、対策手法を解説
②アクセス権限の最小化と二要素認証
「必要な人が、必要なデータに、必要な範囲だけアクセスできる」という最小権限の原則を徹底することが重要です。
全員が全データにアクセスできる環境では、一人のアカウントが乗っ取られるだけで被害が組織全体に及ぶリスクがあります。
具体的には、部門・役職・業務内容に応じたアクセス権限の設定と定期的な見直しが必要です。
また、パスワードだけに頼らず、スマートフォンへのプッシュ通知や認証アプリを使った二要素認証(2FA)を導入することで、IDとパスワードが流出しても不正ログインを防ぐことができます。
関連記事:情報セキュリティ対策とは?基本の3要素や5つの対策方法を徹底解説
③セキュリティポリシーの策定と教育
技術的な対策だけでは不十分です。
「どのようにデータを扱うべきか」を明文化したセキュリティポリシーと、具体的な行動ルールをまとめたガイドブックを整備し、全従業員に周知することが必要です。
ポリシーを形骸化させないためには、年1回以上の定期的な研修の実施、Eラーニングや標的型攻撃メール訓練を活用した実践的な教育、新入社員・中途採用者への入社時研修の徹底が有効です。
「ルールはあるが誰も知らない」という状況が最も危険です。
ルールの存在を繰り返し伝え、行動に落とし込む仕組みを作りましょう。
④定期的なセキュリティ診断
自社のセキュリティ対策が実際に機能しているかどうかは、外部の専門家による客観的な診断なしには判断できません。
定期的なセキュリティ診断(脆弱性診断・ペネトレーションテスト)を実施することで、見落としていたリスクや設定の不備を発見できます。
診断の頻度は年1回以上が理想ですが、新システムの導入時・大規模な組織変更時・重大なセキュリティインシデントが業界内で発生した際には、追加で実施することを検討してください。
診断結果は経営層にも共有し、優先度をつけて計画的に改善することが重要です。
⑤情シス部門の体制強化
情報漏洩対策を継続的に機能させるためには、情シス部門の体制そのものを強化することが不可欠です。
しかし多くの企業では、情シス担当者が一人あるいは少人数で膨大な業務を抱える「ひとり情シス」状態にあり、対策の企画・実行まで手が回らないのが現実です。
こうした課題の解決策として有効なのが、情シス業務のアウトソーシングです。
専門知識を持つ外部のプロに対策の設計・運用を任せることで、社内リソースの不足を補いながら高いセキュリティ水準を維持できます。
情報漏洩が企業に与えるリスクと法的責任
ブランド失墜と経済的損失
情報漏洩が発生した場合、企業が被るダメージは財務的なものだけにとどまりません。
報道されることで社会的信用が一気に失墜し、顧客離れ・株価下落・取引先からの契約解除など、事業全体に深刻な影響が及びます。
日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の調査では、情報漏洩事故が発生した企業の約30%が「顧客からの信頼を失った」と回答しています。
ブランドイメージの回復には数年単位の時間と多大なコストがかかることも珍しくありません。
また、被害を受けた個人や法人から損害賠償請求を受けるケースも増えており、訴訟対応費用・賠償金・再発防止策の実施コストなど、経済的な打撃も無視できません。
個人情報保護委員会への報告・本人通知義務
2022年4月施行の改正個人情報保護法により、一定の要件を満たす個人情報の漏洩等が発生した場合、企業には個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務付けられました。
報告が義務となる4つの類型は次のとおりです。
①要配慮個人情報の漏洩等
②財産的被害が生じるおそれがある漏洩等
③不正の目的による漏洩等
④1,000人を超える個人データの漏洩等です。
報告の期限は、漏洩を知った日から速報は3〜5日以内、確報は30日以内(不正目的の場合は60日以内)とされています。
義務に違反した場合は行政指導・勧告・命令の対象となり、命令に従わない場合は刑事罰が科される可能性もあります。
関連記事:個人情報漏洩の対応マニュアル!発覚時の初動から報告義務まで解説
関連法令と法人への罰則
情報漏洩に関連する主な法令と罰則を以下の表に整理します。
| 法令 | 主な規制内容 | 法人への罰則 |
|---|---|---|
| 個人情報保護法 | 個人情報の適正な取扱い・漏洩時の報告義務 | 1億円以下の罰金 |
| 不正アクセス禁止法 | 不正アクセス行為の禁止 | 3,000万円以下の罰金 |
| マイナンバー法 | 特定個人情報の適正な取扱い | 1億円以下の罰金 |
| 不正競争防止法 | 営業秘密の不正取得・使用の禁止 | 10億円以下の罰金 |
情報漏洩発生時の初動対応フロー
万が一情報漏洩が発生・疑われた場合、初動対応のスピードが被害の拡大を左右します。
パニックにならず、以下の3ステップを順番に実行してください。
ステップ1|ネットワークの即時隔離
漏洩を発見・報告を受けたら、まず該当する端末・サーバーをネットワークから切り離します。
有線接続の場合はLANケーブルを抜き、Wi-Fi接続の場合はWi-Fiをオフにします。
この段階では「本当に漏洩しているのか」の確認より「被害の拡大を止めること」を最優先にしてください。
自己判断で復旧操作を行うと、ログが上書きされて原因調査が困難になるため、隔離後は専門家の指示を待つことが重要です。
ステップ2|事実調査と漏洩範囲の特定
ネットワークを隔離したら、次にいつ・誰が・どのデータを・どのような経路で漏洩させたのかを調査します。
アクセスログ・操作ログ・メール送受信履歴などを確認し、漏洩した情報の種類・件数・影響範囲を可能な限り正確に把握します。
社内での調査が困難な場合は、専門のフォレンジック(デジタル証拠保全)業者への依頼も検討してください。
ステップ3|関係各所への報告・公表手順
調査結果をもとに、関係各所への報告と必要に応じた公表を行います。
報告先は、社内の経営層・法務・広報部門、個人情報保護委員会(義務対象の場合)、被害を受けた本人、警察(不正アクセス・内部不正の場合)、取引先・顧客(必要に応じて)です。
公表のタイミングは、憶測や誤情報が広まる前に事実関係が確認できた段階で速やかに行うことが原則です。
隠蔽が発覚した場合は二次被害として社会的信頼の回復がさらに困難になります。
関連記事:インシデント管理とは?ITシステムにおける具体的な手順、効果的に運用する方法を解説
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情報漏洩対策は、一度対策を講じれば終わりではありません。
攻撃手法の進化・法改正・組織変更に合わせて継続的に見直し・更新していく必要があります。
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